大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)2482号 判決 1985年9月06日
原告
古川孝明
右訴訟代理人
渡辺征二郎
被告
日の出証券株式会社
右代表者
林喜一
被告
林喜一
被告両名訴訟代理人
渡辺留吉
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金二二七五万九〇一八円及びこれに対する昭和五九年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 債務不履行責任
(一) 被告会社と原告の取引関係
被告会社は、有価証券の売買及びその取次等を営業目的とする会社であり、昭和五七年七月一日以降、原告から株式の売買取引の委託を受けてこれを行つていたものである。
(二) 被告会社の委託契約上の債務とその不履行
(1) 被告会社のごとく一般投資家から委託を受けて株式の売買を行う者が、委託契約上の基本債務として、委託された売買の取次を忠実に行うべき債務を負担するのは当然であるが、株式の売買取引が、元来、投資家の自己責任という大原則のもとに投資家自身の自由で自主的な判断に基づいて行われるべきものであり、かつ、投資家は委託した取引行為ないしこれに附随する事務処理が受託者のもとにおいて適正に処理されると信じて委託契約を締結するものであることに鑑みると、受託者たる証券会社は、委託契約締結に伴う善良な管理者の注意義務の一態様として、もしくは、右委託契約の締結に附随する保護義務の一つとして、
(イ) いわゆる手数料稼ぎのために、投資家の資産状態、信用状況を無視し投資家の投資目的等からみて過当な金額、数量、回数の取引を慫慂することにならぬよう留意して委託契約を締結、履行すべき義務
(ロ) 元本を保証したり利益を保証したりすることは、元来、株式投資の本質と相容れないものであつて法令によつて禁じられているところであり(証券取引法五〇条二号、三号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条二号)、また、証券会社の従業員が有価証券の売買その他の取引に関し顧客と金銭の貸借を行うことも禁じられているところであるから(日本証券業協会制定、証券従業員に関する規則九条三項一四号)、株式売買の取次を受託するにあたつて元本や利益を保証をする旨約したりこれを保証したものと誤解されるような甘言や不当な表示行為を使用し、また、従業員が会社と顧客との取引に関して金銭の貸借をしたりすることのないよう留意して、委託契約を締結、履行すべき義務
(ハ) 受託取引処理のために顧客たる投資家から受領しあるいは投資家のために保管している有価証券ないし現金の管理、受払いは、これを適正に行い、いやしくもその処理を誤つて投資家に迷惑をかけたりすることなどないように注意すべき義務
等の各義務を負い、もし、これに反して委託契約を締結ないし履行した場合には、委託契約上の債務を履行しなかつたものとして、債務不履行の責任を負うことを免れないというべきである。
(2) しかるところ、原告との取引を担当していた被告会社の歩合外務員である訴外篠崎定利は、左記のごとき各行為をした。
(イ) 訴外篠崎は、原告に対し、昭和五七年七月一日から同五八年八月一九日までの間、前後八一回にわたり株式の売買を推奨し、原告はこれに従い、その間、被告会社に対し別紙売買一覧表記載のとおりの売買を委託したが(以下これを本件取引という)、右は一週間に一回以上の過当な取引であつた。
(ロ) 訴外篠崎は、原告が右のとおり被告会社に継続的に株式の売買を委託していた間の昭和五七年九月に、原告に対し、「元本を保証するから株式の運用を任せてくれ。一〇〇〇万円の資金があれば月四パーセントの配当を出す。」旨申し入れ、これを信じた原告から消費貸借名下に、原告と被告会社間の株式売買取引の運用資金として左記のとおり前後五回にわたつて合計一一五〇万円の交付を受け、その運用を訴外篠崎に一任して被告会社と株式の売買取引を行う旨の契約を締結させ、右資金によつて第三者の仮名口座を使用して株式売買を行つた。
記
(a) 昭和五七年九月下旬 五〇〇万円
(b) 昭和五八年一月二八日 三〇〇万円
(c) 同年二月三日 五〇万円
(d) 同年二月一四日 一〇〇万円
(e) 同年六月一日 二〇〇万円
(ハ) 原告は、前記のとおり昭和五七年七月一日以降被告会社と継続的に株式の売買取引を行つていたものであるが、同月一五日、被告会社との間に信用取引口座を開設し、その後に行われた信用取引についての借入金、委託保証金、損益金等の授受は全て右口座を使用して行つていたところ、訴外篠崎は、昭和五八年八月二〇日頃、右口座から原告の預託金五六七万五五四五円を引出し、原告のために保管中、拐帯してこれを横領した。
(3) 右のごとき各行為は、いずれも被告会社の履行補助者である訴外篠崎が原告と被告会社の間に株式の売買委託契約を締結しあるいはこれを履行する過程の中で行つたものであるから、被告会社は、これにつき委託契約上の不履行責任を免れない。
(三) 原告の損害
しかるところ、原告は、被告会社の右債務不履行により合計二二七五万九〇一八円相当の損害を蒙つた。その内訳は次のとおりである。
(1) 過当取引による損害
前記昭和五七年七月一日から同五八年八月一九日までの八一回に及ぶ過当な取引によつて差引合計七〇八万三四七三円の差損金を生じ、原告はこれと同額の損害を蒙つた。
(2) 不当な元利保証取引による損害
原告は、前記のとおり元利金を保証するとの約定の下に株式売買の運用資金一一五〇万円を訴外篠崎に預託して株式取引を行つたが、内一五〇万円の返還を受けたのみで残金一〇〇〇万円を返還して貰えずこれと同額の損害を蒙つた。
(3) 拐帯横領による損害
原告は、前記のとおり五六七万五五四五円を横領されこれと同額の損害を蒙つた。
2 不法行為責任
(一) 被告会社は、有価証券の売買及びその取次等を営業目的とする会社であり外務員を使用して右営業を行つているものであるが、前記のごとく株式の売買取引は、元来、投資家の自由で自主的な判断に基づいて行われるべきものであり、また、取引を委託した投資家は委託した取引ないしこれに附随する事務は適正に処理されるものと信じて委託契約を締結するものであるから、一般投資家と株式売買の委託契約を締結ないし履行するにあたつては、その使用人たる外務員らが前記1の(二)(1)に記載した(イ)ないし(ハ)の義務に反する行動をして顧客たる一般投資家に対し不測の損害を与えたりしないよう注意してこれを行うべき義務がある。
(二) しかるに、被告会社が故意又は過失により右注意義務を怠つていたため、被告会社の使用人である歩合外務員訴外篠崎は、被告会社のために原告と株式の売買取引の委託契約を締結しこれを履行するにあたり右(イ)ないし(ハ)の義務に反して前記1の(二)(2)に記載したとおりの各行為を行い、これにより原告に対し、前記1の(三)に記載のとおりの損害を与えた。
(三) 被告林は、被告会社の代表者であり被告会社にかわつてその事業を監督しているものである。
(四) よつて、被告両名は、民法七一五条、七〇九条の規定に基づき、原告に生じた右損害を賠償すべき不法行為責任を免れない。
3 本訴請求
よつて、原告は、被告会社に対し、債務不履行又は不法行為(民法七一五条一項)に基づく損害賠償として、被告林に対し不法行為(同法七一五条二項)に基づく損害賠償として、それぞれに対し、金二二七万五〇一八円及びこれに対する弁済期の後である昭和五九年四月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告らの請求原因に対する認否
1 債務不履行責任について
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)(1)の原告主張の各注意義務が一般的な注意義務として存すること自体は争わないが、これに反した場合、それが直ちに具体的な委託契約上の債務の不履行になるとの主張は争う。
同(二)(2)の(イ)ないし(ハ)の事実については、(イ)のうち別紙売買一覧表記載の取引が行われたこと(ロ)のうち訴外篠崎が原告からその主張の日に合計一一五〇万円の交付をうけたこと、(ハ)のうち訴外篠崎が原告主張の口座から五六七万五五四五円の払戻しを受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
同(二)(3)の事実及び主張は争う。
(三) 同(三)(1)ないし(3)の事実は争う(但し、同(2)のうち一五〇万円が返還されたことは認める。)。
2 不法行為責任について
(一) 請求原因(一)の注意義務が一般的な注意義務として存することは認める。
(二) 同(二)の事実は争う(但し訴外篠崎の行為及び原告の損害の個々についての認否は右1の(二)、(三)の認否と同じ)。
(三) 同(三)の事実のうち、被告林が被告会社の代表者であることは認めるが、その余の事実は否認する。
三 被告らの主張
1 原告は、東京都千代田区に本店を置いて貸金業等を営む訴外シティコープ・クレディット株式会社の福岡支店個人融資部に勤務し、証券金融を担当したこともあつて株式に関する知識情報に通じ、証券投資をする者を証券歩合外務員に紹介斡旋して斡旋料を徴収するなどしていた者であつて、株式投資に関する知識をきわめて豊富に有していた者である。
2 しかるところ、原告が主張する別紙売買一覧表記載の取引は、いずれも右のごとき豊富な知識を有する原告が自からの判断によつて行つたものであり、過当な取引ではない。
3 また、訴外篠崎が原告から一一五〇万円の交付を受けた際、原告主張のごとき約束をしたとしても、それは純然たる訴外篠崎個人としての約束であつて、被告会社の外務員としてのないしは被告会社の営業行為としての約束ではない。
もちろん、右一一五〇万円の金員は名実ともに原告と訴外篠崎個人との間の金銭消費貸借契約上の貸付け金として交付されたものであり、訴外篠崎が被告会社のために受領したものではない。このことは、原告と訴外篠崎がわざわざ昭和五八年六月六日付の金銭消費貸借契約証書(甲第二号証)を作成して書面上これを確認していることや、もし、右金員が被告会社との取引金として訴外篠崎に交付されたものであり、その趣旨に従つて使用されたとすれば、少なくともその後、取引口座を特定して定期的に資金の運用状況を開示した被告会社名義の計算書類が作成され報告されるのが当然であるにもかかわらず、原告と訴外篠崎との間でかかる措置がとられた様子はなく、原告からこれを要求した様子も全くみられないこと等からみて明らかである。
したがつて、被告会社が右金員の授受ないし運用につき、契約上の責任を負うべき理由は全くなく、また、右金員の授受、運用は被告会社の事業の執行のためになされたものでもないから、被告らがこれにつき不法行為責任を負うべき理由もない。
4 さらに、訴外篠崎が原告主張の金員五六七万五五四五円を拐帯したというのも事実に反する主張である。
訴外篠崎が右金員を原告の信用取引口座から引出しこれを保管した経緯は以下に述べるとおりである。すなわち、原告は、信用取引によつて買入れていた三光汽船の株式を昭和五八年八月一九日に売却して右取引を決済したのであるが、これにより三五二万円余の取引損を蒙るや、原告主張のころ、訴外篠崎に対し、原告の信用取引口座の残金五六七万五五四五円の運用を任せるから右損金を取り戻して貰いたい旨申し入れ、訴外篠崎が右口座から自由に右金員を引き出すことができるように被告会社に改印届を提出したうえ、右新らたな届出印を訴外篠崎に交付して同人に右金員の運用を託した。そこで、訴外篠崎は、これに従い右口座から右金員の払戻しをうけ、これを原告の右申し入れの趣旨に従つて運用したものであり、拐帯した事実はないから、この点に関する主張も、理由がない(なお、原告は、その頃、人のいい訴外篠崎を籠絡して右金員を同人に貸付けたようにした金銭消費貸借契約証書を作成させている。)
第三 証拠<省略>
理由
第一債務不履行責任について
一請求原因(一)の事実(被告会社と原告の取引関係)については当事者間に争いがない。
二そこで、次に、同(二)(1)ないし(3)の事実(被告会社の委託契約上の債務とその不履行)の有無について検討する。
1 まず、同(二)(1)(証券会社の注意義務)の点についてみるに、原告主張の各注意義務が一般的な注意義務として存すること自体については、争いがないが、右注意義務の内容に照らすと、これらの注意義務を遵守することが全ての株式投資売買委託契約において当然にその債務となるというべきか否かについては、なお検討すべき余地があると考えられる(それは、当該具体的な委託契約における当事者双方の株式投資についての知識、能力その他諸般の状況によつて異なりうるとも考えられる)ので、その点の確定はしばらく措き、とりあえず、原告と被告会社間の取引の経緯、内容等をみておくに、<証拠>によれば、
(一) 原告は、昭和五七年六月当時、一般融資等預金以外の銀行業務を行うシティコープ・クレディット株式会社の福岡支店に勤務し住宅ローンの審査等の業務を担当していたものであるが、訴外篠崎が、同年六月中旬頃、投資目的で購入する絵画の買入れ資金三〇万円を同店から借入れた際の稟議書等関係書類をみて訴外篠崎が被告会社の歩合外務員として稼働しているものであり、当時、まだ三二、三才という若さ(ちなみに原告も当時三〇才に達するか達しない位であつた)にもかかわらず年間一五〇〇万円程の手数料収入を得ていること知つて、同人を有能な外務員であると思い、また、従前から株式投資に関心をもつていたことから、株式投資の相談に乗つて貰うため同人と接触、交際を持ちたいと考え、その頃、同人の勤務先であつた被告会社の福岡支店を訪れ、同人と面談したこと、
(二) そして、その際、訴外篠崎から被告会社福岡支店、部長投資顧問という肩書のある名刺を貰つた原告は、これをみて、益々、訴外篠崎を信頼するようになり、同年七月初め頃から同人を通じて被告会社と株式売買の取引を始め、同年七月一五日には信用取引口座を設定して、爾来、昭和五八年八月一九日までの間に別紙売買一覧表記載のとおり八一回にわたつて信用取引を行つたのであるが(右取引については争いがない)、その回数、取引量を月別にまとめてみると、別紙月別取引一覧表記載のとおりとなること、
(三) 原告は、被告会社と株式売買の取引を始めた当初は自分の手持金をその運用資金にあてていたものであり、そのため取引回数や取引量もそれほど多くはなかつたのであるが、右取引を続け訴外篠崎と株式投資について話し合ううちに次第に
売買一覧表
番号
日付
(昭和年・月・日)
銘柄
売買の
区別
数量
1
57.7.1
菱和自
現・買
3
2
7.6
菱和自
現・売
3
3
7.8
同和鉱
現・買
2
4
7.10
仁丹
現・買
1
5
7.13
同和鉱
現・売
2
6
7.14
同和鉱
現・買
2
7
8.25
三井金属
現・買
2
8
8.26
三井金属
信、現・買
2
9
10.25
仁丹
現・売
1
10
10.25
同和鉱
現・売
1
11
10.25
住友鉱
現・買
1
12
10.26
同和鉱
現・売
1
13
11.24
住友鉱
現・売
1
14
11.24
大阪酸素
現・買
2
15
12.15
三井油化
信・買
5
16
12.20
三井金属
現、信・売
4
17
58.1.5
丸善石油
現・買
4
18
1.6
大阪酸素
現・売
2
19
1.6
丸善石油
信・買
2
20
1.10
丸善石油
信、現・売
6
21
1.10
三井油化
信・売
5
22
1.12
同和鉱
信・買
5
23
1.13
三光汽船
信・買
7
24
1.13
三光汽船
信・売
7
25
1.13
同和鉱
信・買
5
26
1.29
同和鉱
信・売
5
27
1.31
同和鉱
信・買
5
28
2.3
丸善石油
現・買
2
29
2.12
ジライン
信・買
10
30
2.16
三菱金属
現・買
5
31
2.17
三菱金属
現・売
5
32
2.18
ジライン
信・売
10
33
2.18
大協石油
信・買
10
34
2.23
山陽パル
信・買
3
35
2.24
同和鉱
信、現・売
10
36
2.24
丸興
現、信・買
10
37
2.28
丸興
現、信・売
10
38
3.2
大阪酸素
現・買
7
39
3.10
大阪酸素
現・売
7
40
3.15
三菱金属
現、信・買
10
41
3.16
住友金属
現・買
1
42
4.9
丸善石油
現・売
2
43
4.9
山陽パル
信・売
3
44
4.9
大協石油
信・売
10
45
4.9
同和鉱
信・買
10
46
4.23
三菱金属
信、現・売
10
47
4.23
同和鉱
信・売
10
48
4.23
ジライン
現・買
12
49
4.23
三光汽船
信・買
23
50
4.25
ジライン
現・売
12
51
4.25
三光汽船
現・買
9
52
4.28
三光汽船
信、現・売
32
53
5.6
小野薬品
信・買
2
54
5.10
小野薬品
信・売
2
55
5.11
三光汽船
信・買
30
56
5.11
三光汽船
信・売
30
57
5.12
三光汽船
信・買
28
58
5.12
三光汽船
信・売
28
59
5.13
三光汽船
信・買
28
60
5.19
大正製薬
信・買
7
61
5.25
大正製薬
信・売
7
62
5.25
三菱金属
現・買
10
63
6.28
三菱金属
現・売
3
64
6.28
住友金属
現・売
1
65
6.28
三井金属
現・買
5
66
6.29
三菱金属
現・売
7
67
6.29
三井金属
現・買
5
68
7.5
三井金属
現・売
10
69
7.5
大日薬
現・買
2
70
7.7
三井金属
信・買
5
71
7.15
三井金属
現・買
4
72
7.20
三井金属
信・売
5
73
7.20
大日薬
信・買
1
74
8.2
三井金属
現・売
4
75
8.2
雅叙園
現・買
10
76
8.3
大日薬
信・売
1
77
8.3
雅叙園
信・買
10
78
8.9
雅叙園
信・売
10
79
8.19
三光汽船
信・売
28
80
8.19
大日薬
現・売
2
81
8.19
雅叙園
現・売
10
数量 単位千株
月別取引一覧表
(1)
昭和五七年七月
六回
一万三〇〇〇株
(2)
同年八月
二回
四〇〇〇株
(3)
同年九月
なし
なし
(4)
同年一〇月
四回
四〇〇〇株
(5)
同年一一月
二回
三〇〇〇株
(6)
同年一二月
二回
九〇〇〇株
(7)
昭和五八年一月
一一回
五万三〇〇〇株
(8)
同年二月
一〇回
七万五〇〇〇株
(9)
同年三月
四回
二万五〇〇〇株
(10)
同年四月
一一回
一三万三〇〇〇株
(11)
同年五月
一〇回
一七万二〇〇〇株
(12)
同年六月
五回
二万一〇〇〇株
(13)
同年七月
六回
二万七〇〇〇株
(14)
同年八月
八回
七万五〇〇〇株
合計
八一回
五九万四〇〇〇株
株式投資に対する興味を深め、昭和五八年に入るころには、将来訴外篠崎をパートナーとして投資顧問会社ないし経済動向についての研究サークルを経営したいとの構想をもつようになり、以後、そのような将来設計を念頭において株式売買取引を行つていたものであり、その頃から、前記のごとく取引量も急激に増加し(別紙月別取引一覧表参照)、その資金も原告の手持金だけでは足りなくなり、原告自身や妻の親から借金をしてこれに充てるようになつたこと、
(四) そして、本件取引の対象となつた株式の多くは訴外篠崎の推奨によるものであるが、なかには菱和自動車、森下仁丹、丸興等の株式のように原告が自分自身の資料と判断に基づいて選んだものもあり、本件取引全体を通じてみた場合、少なくともその二割程度は原告が自からの資料と判断に基づいて選んだ銘柄の取引であり、原告は、単に、訴外篠崎のいうとおりに取引を行つていたものではなく、株式投資について相応の知識を有し、投資上伴うことのあるべき損失発生の危険性は承知のうえで、自分なりの判断のもとに本件取引を行つていたものであること、
(五) ところで、原告と訴外篠崎との間では、本件取引とは別に、昭和五七年九月頃から同五八年六月頃までの間に原告主張のとおり合計一一五〇万円の金員が授受されているが(争いがない)、それは、原告と訴外篠崎が本件取引をしながら話合う中で、昭和五七年八月頃、「原告の方で資金を調達し訴外篠崎がこれをこれを株式投資等にあてて運用すれば、右元金を原告に返還できるのはもちろん、月四パーセント位の割合による金員は原告に払うことができる」という話になつたことから授受されるようになつたものであり、右金員については、元本の返済と月四パーセント位の割合の金員の支払いが約定されていたとみるべきものであること、
(六) そして、訴外篠崎は、原告から受領した右金員を使用して、被告会社に開設した「イシバシケンゴ」「ニシオカマサト」外一名等第三者名義の信用取引口座を利用して株式売買を行いあるいは投資用の絵画を購入、売却する等してこれを運用していたが、昭和五八年六月六日、原告と訴外篠崎との間で、それまでに返還された一五〇万円を除く残金一〇〇〇万円について、これを貸付元金とし、利息年四割八分、返済期日昭和五九年六月六日とする金銭消費貸借契約証書(甲第二号証)を作成したこと、
(七) ところで、その後、原告が行つていた本件取引については昭和五八年八月に入つてからは損失が続き、ことに同月一九日に三光汽船の株式二万八〇〇〇株を売却した結果三五二万〇三九八円の損金を生じ、その他の株の売却によつても二〇〇万円をこえる損金を生じたことから、原告と訴外篠崎との間に紛議を生じ、両者の間で右三光汽船の取引は原告に無断でなされたものである、いやそうでない等とのやりとりがなされたが、結局、本件の信用取引に関し被告会社に預託されている委託証拠金等の運用を訴外篠崎に任せれば、同人において本件取引によつて生じた損をとり戻してみせるということになり、原告もこれを承諾して、訴外篠崎が前記原告の信用取引口座から委託証拠金等の払戻しを受けられるよう被告ら主張のごとく改印届をし、訴外篠崎は、右約旨に従つて、同月二三日頃、原告の右口座から五六七万五五四五円の払戻しを受けたこと(右払戻しの事実については争いがない)、
(八) そして、その頃、原告と訴外篠崎との間で、訴外篠崎が払戻しをうけた右五六七万円余と本件取引によつて生じた損金のうち訴外篠崎が取戻すべき分を合計した一〇〇〇万円を訴外篠崎に貸付けたことにした金銭消費貸借契約証書を作成したこと、
以上のごとき事実が認められる。
2 そこで、右認定の事実を参酌しながら、請求原因(二)(2)(イ)ないし(ハ)(訴外篠崎の義務違反行為)の有無について、順次、検討することとする。
(イ) 過当取引について
原告が昭和五七年七月一日から同五八年八月一九日までの一三ケ月余の間に行つた本件取引の回数は別紙売買一覧表記載のとおり前後八一回に及んでいて、その月毎の平均は約六回位であり、一般投資家の取引回数としては、少なくない回数の取引であつたということができる。
しかしながら、前記のごとき原告の投資目的と原告自身、前示のとおりそれなりの株式に対する知識と資料をもつて本件取引を行つていたものであり、単に訴外篠崎にいわれるままに取引していたものではないこと等の事情を参酌すると、これをもつて法律上許されない程の過当取引であるとは断じえず、他にそのように断ずべきことを肯認せしめるに足る証拠はない。
(ロ) 元利保証による契約の勧誘、締結について
訴外篠崎が原告から一一五〇万円の金員の交付をうけるにあたつて、その元金の返済と月四パーセント位の割合による金員の支払いを約していたものと認むべきことは前示のとおりである。
しかしながら、右約束を訴外篠崎が被告会社の外務員としてあるいは被告会社の営業行為として被告会社のために(被告会社を代理して)行つたものとは認め難い。
すなわち、(イ)前記認定の事実に照らすと、訴外篠崎に交付された右金員の使途としては、まず、第三者の仮名口座を利用して被告会社と株式の売買取引を行うことが、一応、予定されていたというべきであるとしても、その運用方法は必らずしも被告会社との株式売買にのみ限定されていたとは認められないこと、そして、(ロ)証券会社が顧客たる株式投資家との間で株式投資金の元利金を保証して取引をすることは許されないところであり、かつ、証券会社が一般投資家から外務員を通じて金銭の借入れを行うということも通常は考えられないことであること、さらに、(ハ)右金員が訴外篠崎に交付されるに至つた前記認定の経緯や原告の株式投資に対する知見に照らすと、原告としても、証券会社である被告会社が元利金を保証して株式投資の取引に応じたり、原告から金銭を借入れたりすることがありえないことを充分承知していたか、当然、承知すべきことであつたと考えられること等の事情を参酌すると、訴外篠崎が元利金を保証する趣旨の約束をして原告から前記金員を受領したとしても、これを訴外篠崎が被告会社の外務員としてあるいは被告会社の営業行為として被告会社のために(被告会社を代理して)行つたものとは認め難いというほかはなく、むしろ、前示のとおり右金員についてわざわざ訴外篠崎個人名義の金銭消費貸借契約証書が作成されていることからすると、原告自身としても、その当時、果して、右金員について被告会社との間に契約関係を生じこれに基づき被告会社にその返還ないし返還にかわる損害賠償請求をなしうるものと考えていたかどうか疑問であり、右金員の受授は、訴外篠崎個人との間の金銭消費貸借契約ないしは利殖契約に基づくものであつたと認めるのが相当であるといわざるをえない。
なお、原告は右のように従業員が個人的に顧客との間で金銭消費貸借契約等を締結し、顧客に金員を交付させた場合であつても、顧客に対する保護義務違反として被告会社が債務不履行責任を負うものであると主張し、その根拠として、日本証券業協会制定の証券従業員に関する規則九条三項一四号等をあげている。確かに原告の主張するとおり、証券取引においては、一般投資家が専門家である証券会社あるいはその従業員の勧誘や助言・指導等に依存して取引行為を行なうことが多いため、投資者保護等の見地から種々の公法的・自主的規制がなされていることは事実であり、右規定もその一環をなすものであるが、これらの規制の内容が直ちに顧客と証券会社との間の私法上の債務の内容をなすものとみることができないことはいうまでもないところであり、ことに、前記認定の事実関係の下では、被告会社において、歩合外務員篠崎が原告との間で個人的な金銭の貸借等をしないよう監督して原告を保護すべき契約上の債務を負つているものということはできないというべきであるから、原告の右主張は理由がないものといわねばならない。
(ハ) 拐帯横領について
訴外篠崎が昭和五八年八月二三日頃、原告主張の口座から五六七万五五四五円の払戻しを受けたことは前示のとおりであるが、同人が右金員を拐帯したことについてはこれを認めるに足る証拠はない。
以上の次第で、原告が主張する訴外篠崎の義務違反行為は、いずれもこれを肯認しえないものというほかはない。
三よつて、原告の債務不履行責任の主張はその余の点の判断に及ぶまでもなく理由がない。
第二不法行為責任について
一請求原因(一)の事実(被告会社の一般的注意義務)については、当事者間に争いがない。
二しかし、前記第一の二1、2に判示した認定、判断に照らすと、原告が請求原因(二)において主張する訴外篠崎の各違反行為のうち、(イ)の過当取引行為は認められず、(ロ)の元利保証による契約の勧誘、締結については、被告会社の営業行為としてなされたものとは認められず、訴外篠崎の右行為は被告の事業の執行につきなされたものとはいえず、(ハ)の拐帯行為は認められないというほかはない。
三よつて、原告の不法行為責任の主張もその余の点の判断に及ぶまでもなく理由がない。
第三結論
そうすると、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官上野 茂 裁判官小原春夫 裁判官大須賀 滋)